【 not only 】
扉の開く音に、ビクリと震える。
また、始まる…。
両手首を纏め上げる頑丈な拘束具はつけられたまま。
それでも、一人でいる間は気が休まる。
ドアの音は、その終わりの合図。
幾日、蒼葉はそうして過ごしたのだろうか。
考えるのも億劫だが、すべてを手放すまでには至っていない。
「今まで」の蒼葉が形成する「日常の在るべき姿」と、
「今の」…ウイルスとトリップに与えられる日常とは掛け離れていて。
その溝は埋まらないまま、逃げることも逆らうことも出来ない。
何も考えずに、この二人へ身を落としてしまった方が良いのかと思ったこともある。
だが、その後はどうなる?
残る理性が歯止めを掛けるのだ。
…理性で止められるのは時間の問題かもしれない、と薄々は感じているけれども。
そんな自身にも不安を覚えて、心の内では様々な感情が静かに鬩ぎ合う。
「蒼葉、ただいま」
ゆったりとした声に眼を開けると、トリップが一人で近付いてきた。
いつもなら、二人いるのに。そんな光景をぼんやりと視線で追う。
「ウイルスはまだやることあるって」
端的に言い、トリップが蒼葉のいるベッドへ腰掛ける。
「俺は先に帰って来ちゃった。蒼葉に会いたかったから」
「……」
そのまま触れるだけの唇が、額に、頬に落とされる。
「ウイルス帰ってくる前に、準備、しとこうか」
低く囁く声が艶めいていて、ゾクリと背筋に響く。
そういえば、今まで気づけば二人に振り回されていたが…
こうしてトリップ一人と向き合ったことはあっただろうか?
そんな状況も、蒼葉の「常識」に当て嵌めればおかしいのだ。
男同士だというのは今更だ。
友人の中にもそういう嗜好の奴はいたし、特に偏見はなかった。
自分がというと話は別かもしれないが、それよりも…。
「二人で…共有するとか…、変だし…」
あまり力の入らない声で、蒼葉が思ったことをぽそぽそと呟く。
「ん? 蒼葉は俺選んでくれんの?」
「──…」
それは…。
なんと答えればいいのか。
そもそも、蒼葉は選べる立場としてここにいる訳ではない。
「蒼葉が望むなら、俺がウイルス殺っちゃってもいいよ?」
「なっ…!」
そんな物騒な内容とは掛け離れたいつもの穏やかさで、
平然とトリップが耳元に唇を寄せる。
蒼葉は慌ててトリップの顔を覗きこんだが、
その顔はやはり普段通りだった。
「ま、それはあっちも同じだしね」
それは、ウイルスも同じように考えているということだろうか。
蒼葉が望めばウイルスだってトリップを殺すとでも?
「……」
二人が一緒にいるのは当たり前だと思っていたが、
その関係性が蒼葉には解らない。
「だったら、そんな不毛なことより共有したって…楽しければいーっしょ」
その理論も、蒼葉には解らない…。
「それとも、蒼葉があっち選ぶんなら…やっぱウイルス殺すし」
「! ──そんなの、ダメだ…」
何を考える間もなく、即座に言い返す。
今の蒼葉の状況は紛れもなくこの二人の所為で…
でも、やはり昔から知っている面影は消えない。
内心はとても複雑に色々なものが絡み合っているが、
それにしても、当たり前にいる存在を殺すなど──
いくら「敵」だったとしても、それは…嫌だ。
すると、トリップが少しだけ眉を上げてから笑った。
「ちょっとムカつくけど。そーだから、蒼葉、大好き」
言葉と同時に、唇が降りてきた。
すぐに舌が忍び込んで歯列をなぞる。
「ウイルスに言われても、同じこと答えるんでしょ?」
吸い上げられる合間に、睦言のように囁く声が吐息と共に耳に届く。
そうなのだろうか。
…そう、かもしれない。
こんな関係は望んでいない。
けれど、いなくなって欲しいとは違う気がする。
でも、とにかく今はそれどころではなくて…。
「…っ、ぁ…」
いつの間にか行為に慣れていた体は、柔らかな口付けだけでも痺れを感じる。
理性よりも先に、欲望は既に陥落しているのだろう。
大きな手が、するりと首筋から胸元へ這う。
元より、蒼葉に衣服を着る時間は与えられていない。
剥き出しの薄い胸を撫で上げた手に、尖った部分を執拗に捏ねられる。
そのうちに唇も移動して、指と同じくらい力強く、左右の突起を舐め上げられた。
「はぁ、…っ」
すぐに熱が下肢へと集まり始める。
だが──
「…ッ」
兆し始めた場所が、押さえ付けられる。
蒼葉の腰には、ベルト状の黒い革が嵌っているのだ。
これも貞操帯とでも呼ぶのだろうか…。
一人でいる間に「悪戯」しないように、と鍵が掛けられている。
たとえ鍵がなくても…。
両腕も肘から下の部分を左右まとめて括られている。
指先だけは辛うじて動かせるが、ベルトを外すことは出来なかっただろう。
「ソレ外して欲しかったら自分でやって、蒼葉」
ポケットから古めかしいアナログの鍵を取り出したトリップが、
わざとそれを蒼葉の目の前で振ってみせる。
初めてベルトをつけられた日に、二人がかりで教え込まされたこと…。
勿論、進んで行いたいわけではない。
けれど、このままにされるのがつらいのも判っている。
それに、しなければ結局は殴ってでも言うことを聞かされる。
どんな手を使ってでも──それに屈したくはないが、結果が同じなら…。
「……」
蒼葉は自由にならない両腕で体を支え、身を起こす。
入れ替わるようにして、トリップがベッドの真ん中を陣取った。
その傍らに膝をつき、指先でトリップのズボンの止め具に触れる。
大きな枕に寄りかかって座っているトリップは、
そんな蒼葉を動かないままジッと見下ろしているだけだ。
震える指で慎重にしようとすると、否応にも時間が掛かる。
しかし、トリップは急かすでもなく蒼葉の髪を撫でて待っている。
優しく触れられても髪には痛みが走るが、そんな刺激にも慣れつつあった。
ようやく前を寛げ、少し芯を持ったトリップのものを取り出して一息つく。
そのまま両手で包み込むようにして擦り上げると、大きく張り出した先端が天を向いた。
しかし、そこからは拘束された腕では上手くできない。
蒼葉は手を離して体を丸め、唇を近づける。
チロチロと先端を舐めて、それから大きく口を開けて奥まで含む。
「…ん、…ぅ」
そうするとどうしても息が苦しくなるが、必死に上下へ動かして吸い上げる。
「あおば、上手」
そんな声と共に更に髪を撫でられて、痛みが甘い痺れに変わっていくのを感じた。
それと同時に下肢が疼き、押さえつけられた箇所が痛みさえ訴える。
思わず腰を揺らしてトリップの脚に擦り付けると、
鍵を持った手が蒼葉の腰へ近付き…戒めを解いた。
「…あ、…」
瞬間、すっかり硬くなっていたものが宙へ晒される。
「これだけで濡れてる」
言葉通り、蒼葉の先端からは透明な雫が溢れていた。
トリップが指先でそれを撫で、わざと蒼葉の目の前で舐めて見せる。
「…っ」
それから、
「こっちの準備は?」
もう片方の手が、蒼葉の腰を撫でる。
「え…」
いつもなら、どちらかを含んでいる間に、もう片方が蒼葉を弄っている。
しかし、今はトリップ一人しかいないので…。
「指、貸して欲しい? それとも、こっち?」
トリップが指したのは自分自身だ。
いくら繰り返された行為とはいえ、いきなりそれは怖ろしい。
「ムリ…、指…」
「お願いは?」
「…、…お願い…します…」
こうして、心も少しずつ壊れていくのだと思う。
「舐めて」
目の前に差し出されたトリップの指を、
蒼葉はただ赤ん坊のように素直にしゃぶる。
弄りやすいようにか、トリップが蒼葉の体を引き寄せ、
太腿を跨いで向かい合う格好にされた。
そうすれば自然と秘部が外気に晒される形になる。
「ふ、…ぁ…」
それから、ドロドロになった指が口内から抜け、
「こっちも」
反対側の手を差し出されるのと同時に、腰が割り開かれる感触。
「あ、ぁ…っ」
自分でたっぷりと濡らした指は、いとも簡単に奥へ埋まる。
それはすぐに入口まで戻り…そして勢いよく突き入れられた。
緩急をつけながら、同じ動きが何度も繰り返される。
「は、あぁ…、っ…」
掻き回される刺激が強すぎて、トリップの指を咥えたままの口は疎かになってしまう。
と、口腔内もトリップがその指で大きく撹拌して唾液を絡め始めた。
「そんなに気持ちいい?」
「ん…、ぁ、ふ…」
気持ちいいのか…それすらもよく判らない。
だが、蒼葉の中心だけは確かに快感を示して主張をしていた。
やがて、唾液を絡めた指がもう1本、腰へと降りていく。
トリップが蒼葉の双丘を両側から押し開くようにして、
左右の指を一本ずつ奥へ埋める。
その刺激に力が抜け、膝で体重を支えるのが苦しくなって突っ伏しそうになった。
トリップの胸に拘束されたままの腕をついて何とかとどまる。
「あ、ぁ…」
二人がかりで弄られることに比べれば…とも思うが、
やはり体の奥を暴かれるという違和感は抜けない。
しかも、バラバラと動く指が二人に弄られているように感じるのは…考えたくない。
「もう入るかな、と」
途端に指が抜け出て、トリップの手が蒼葉の肩を掴んで起こす。
「…、ぁ…、はぁ…、…?」
その体勢のまま、自身の真上に蒼葉の位置を合わせる。
「え、…」
「そのまま座って」
「そん、な…、っ──あぁっ」
言いかけたところで、トリップが蒼葉のものを思い切り掴んだ。
「あおば」
たった、それだけ。
それだけなのに、物凄い圧力を感じる。
…従わなければならないような。
──支配、されている。
二人であろうと、トリップだけであろうと、
おそらく、ウイルスだけであっても…きっと、蒼葉の処遇は変わらない。
「ん、…んっ、…ふ、ぁ…あぁ」
膝に力を篭め、蒼葉は慎重に腰を落とす。
切っ先に触れてビクリと逃げそうになるが、その瞬間にもギュッと前を掴まれた。
ゆっくり…ゆっくりと、トリップが蒼葉の中へ埋まって行く。
「あ、…ぅ、…っゃ、苦し、…」
無理やり開かれるのではなく、脚に力を入れている状態では感じ方も違う。
いつも以上に、限界まで狭い部分を広げられている感覚だ。
「可愛い」
顔をゆがめて訴える蒼葉の頬を撫で、トリップは愛おしそうに口付ける。
と、同時に、
「──ッ、あぁっ、…ふ、ぁ…」
下から容赦なく突き上げられ、大きく声を上げた。
「蒼葉…。今は、俺だけのあおば」
「ん、ぅ…」
すぐに唇も塞がれ、喘ぐ吐息さえもトリップに奪われる。
激しく揺さぶられるタイミングで蒼葉自身も追い上げられ、あっと言う間に昇りつめる。
「あ、ぁ…、も…ぅ、…っ、あぁっ…」
息を弾ませたまま、蒼葉は呆気なくトリップの手の中へと放った。
その瞬間、不安定な体勢で中を思い切り締め付ける。
すると、より大きく感じた存在感にもビクビクと腰が跳ねた。
「っ、…」
それから、震えた内部に爆ぜた感触がした。
「…はあ、…ぁ…」
荒い息を繰り返して蒼葉がトリップの上に沈む。
しかし、
「そろそろウイルス帰ってくるかも」
そう言って、トリップは再び蒼葉の体に手を掛けた。
「…っ、…」
ズルリと抜け出ていく感触と、中から熱いものが滴る感触。
それを始末する間もなく、玄関の扉の音が鳴った。
「やっぱりね。蒼葉、お出迎え。…よいしょっと」
「なっ…」
ぐったりとした蒼葉の体を、難なくトリップが抱きかかえる。
一度ベッドの上へ座らせ…そして、
背中側から蒼葉の膝裏を持って、そのまま立ち上がる。
「や、…だ、…っ!」
トリップの胸に凭れかからなければ落ちてしまいそうだ。
それでも、トリップは構わず部屋のドアを目指す。
そして、ウイルスがドアを開ける頃には、
「い、…や、だ……」
抵抗など虚しく、膝裏に入れられた手で大きく脚を開かれていた。
ドロドロに汚れた場所を、無論、ウイルスに向かって。
「おかえり」
何事もなかったかのように、トリップはいつも通りの口調でウイルスを迎える。
「──これは…、熱烈なお出迎えですね、蒼葉さん」
眼鏡の奥で一瞬目を瞠ったウイルスが、すぐに小さく笑って蒼葉に口付けた。
いなくなって欲しいのとは違うと、思う。
けれど、こんなのは望んでいない。
今の蒼葉には
答えが…出そうにない──
END.